サッカーワールドカップ日本代表

【顔画像】鎌田大地の父親は元サッカー選手!3つの感動エピソードが話題!

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代表 サッカー

2022年11月サッカーワールドカップがカタールで開催されます。
今大会の日本代表の注目選手として話題なのが、鎌田大地選手です。

市場価値33億円と言われる鎌田大地選手の背景には、父親の存在が大きかったようです。

鎌田大地選手の父親について調べていきます。

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鎌田大地選手の父親は元サッカー選手!

今でこそドイツリーグで活躍する鎌田大地選手ですが、出身は愛媛県です。

鎌田大地選手の父親はどんな人なのでしょうか。

たかつ
たかつ

笑顔がチャーミングなパパだニャ~。

鎌田大地選手父親

引用元:産経新聞
氏名鎌田 幹雄
年齢53歳
生年月日1969年4月23日生まれ
出身鳥取県鳥取市出身
高校鳥取東高等学校
大学大阪体育大学(サッカー部所属)
職業会社員

鎌田大地選手の父親の幹雄さんもサッカー選手だったということです。

大阪体育大学に進学しサッカーをしていたので、サッカーへの想いや知識は人並み以上だったことが分かります。

鎌田大地選手の父親・幹雄さんが鎌田大地選手がサッカーを始めた頃についてこう語っていました。

大地がサッカーを始めたのは3歳のとき。僕が大阪体育大までサッカーをしていたこともあって、技術を教えてくれるチームを探しました。いろんなチームを巡り、当時住んでいた愛媛・伊予市のキッズFCに決めました。小さい子には鬼ごっこのような遊びの中でボールを使うなど、年齢に合わせた指導法が気に入ったんです。少し大きくなると周りを見る、判断する部分を大切にしてくれ、それが今の大地のプレーにも生きています。(引用元:産経新聞)

3歳からサッカーを初めたという鎌田大地選手。
サッカー経験者で、サッカーの知識や技術をもっていながら、自分が教えるのではなく、チームを探したということが意外です。

遊びながらサッカーに慣れ親しむこと、年齢に応じた指導法・・・とても魅力的なチームを見つけたそうです。

たかつ
たかつ

鬼ごっごしながらボールを使う・・・おもしろそうだニャ~!!

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鎌田大地選手と父親の3つの感動エピソード!

今でこそ、世界で活躍する鎌田大地選手ですが、数々の挫折を経験し、何度も立ち上がり、今がある、そんなサクセスストーリーはこれからプロサッカー選手を目指す少年少女たちに勇気を与えることでしょう。

鎌田大地選手の父親の悔しがる息子への言葉

遊びながらサッカーに慣れ親しみ、年齢に応じた技術を教えてくれるサッカーチームに3歳から入団した鎌田大地選手は、サッカーに夢中になっていったそうです。

チーム

引用:産経新聞

平日は練習、土日は試合の日々。リフティングも小学1年のときには千回を超え、天才っぷりが発揮されたといいます。

年上の学年の試合にも多く出場し、実力をめきめきとつけていった鎌田大地選手に訪れた初めての挫折は、JFAアカデミー福島の選考での落選でした。

このとき、鎌田大地選手は一人、悔しくて泣いていたといいます。

JFAアカデミー福島とは、世界TOP10を目指してエリート教育をする施設。寮生活をしながら世界で活躍する選手にふさわしい人材を育成する施設。

このとき、父親の幹雄さんは、「選ぶのは人だから。仕方ない」と慰めたと言います。

誰かを否定することなく、ただ鎌田大地さんの悔しい想いに共感していたのでしょう。
涙を流していることを否定されていたら、今の鎌田大地選手はいないかもしれません。

鎌田大地選手の父親・幹雄さんが見た2回目の涙

JFAアカデミー福島に落選したあと、小学校6年生だった鎌田大地選手は名門のガンバ大阪ジュニアユースに加入することになりました。

中学校1年生から親元を離れて、生活していた鎌田大地選手。もう自立の道を歩んでいたのですね。

たかつ
たかつ

プロサッカー選手になるための道は厳しいニャ~・・・

祖母の家が大阪にあったことから、下宿をさせてもらいながらガンバ大阪ジュニアユースで練習に励んでいたといいます。

学校が終わってから1時間以上もかけて練習場へ行く生活・・・しかし、思い描いていたサッカー生活とはかけ離れていたようです。

中学1年生の時に腕の骨折、中学3年生で腰の骨を骨折・・・と怪我に悩まされる時間が長く、

また、150センチほどだった身長が3年間で175センチまで伸び、成長に筋肉が追いつかず、思うようなプレーができない「クラムジー」に陥ったといいます。

週末家族で、鎌田大地選手の試合を見に行った際、思うように試合運びができず、監督から下のチームへ行け!と言われ、車での移動している中で、「俺の身体はいつになったら動くんや・・・」と涙を流した鎌田大地選手を父親の幹雄さんは今も覚えているといいます。

たかつ
たかつ

「クラムジー」で悩むジュニア選手たちは多くいるとか!クラムジーという言葉を知っているのと知らないのでは、精神的な不安も違うそうだニャ~。

鎌田大地選手の父親が考えたプロ選手への道!

鎌田大地選手は、ガンバ大阪ジュニアユースでの結果の出ない経験を次のステップを考える糧にしていました。

中学3年の春ごろから、家族で高校は高体連のチームに行く方がいいのでは、という話をしていました。ガンバでプロになるには1番か2番じゃないといけない。同学年には井手口陽介選手=現セルティック(スコットランド)=がいて、下の世代には堂安律選手=現フライブルク(ドイツ)=もいました。高体連に行けば、多くのJリーグクラブに見てもらえる。プロへの上がり方をそっちに変えた方がいい、という考えがありました。結局、ガンバからもユースへの昇格は難しいと言われ、京都・東山高への進学を決めました。(引用元:産経新聞)

プロになるために、中学3年生の鎌田大地選手の実態を踏まえて、父親の幹雄さんには、二つの視点がありました。

① プロへの上がり方を変更したほうがよいこと
② 高体連に行けば多くのJリーグクラブに見てもらえること

鎌田大地選手は、父親の幹雄さんの大阪体育大学時代の後輩が監督を務める京都の東山高校へと進学するのです。

京都の東山高校は、京都を代表する名門校で、2022年11月12日、全国高校サッカー選手権京都府大会で優勝しています。
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鎌田大地選手の父親の予想以上の努力と経験!

東山高校へと進学した鎌田大地選手は、1年生のうちから試合に出場していました。
自分のミスで、京都府大会の決勝で負けてしまったとき、チームメイトから責められると思いきや、引退する3年生からは、

「お前が引っ張っていけ!」

という言葉をかけられたそうです。

鎌田大地選手は、その日のうちに丸刈りをし、主将に志願したといいます。

高校

引用:産経新聞

鎌田大地選手の父親は、鎌田大地選手が引退するときに、はじめて話す保護者から「大地君ががんばろうと言ってくれたので、最後まで続けることができました。」と感謝の気持ちをいただいたそうです。

鎌田大地選手の父親の幹雄さんは、サッカーの技術面でも、出場する大会で得点王やアシスト王を獲得するなど、結果を残し、J1のサガン鳥栖から声をかけていただいたということです。

進路選択、数字にこだわる姿勢と、将来の目標のために今、何をすべきかをしっかりと考え、実行できるのは、大地の武器の一つだと感じます。(引用:産経新聞)

全ての経験から今やるべきこと考え、実行する、そして、今では海外のチームで活躍する、日本と引っ張る存在へと大きく成長した姿は、鎌田大地選手の父親の幹雄さんも予想もしていなかったかもしれません。

ワールドカップ2022では、どんなプレイを見せてくれるのか、鎌田大地選手に注目です!



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