日本代表

井上愛里沙の高校どこ?!バレー弱小校を選んだ理由は?

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V2-min (1) 日本代表

2022年9月30日に行われた世界バレーで、日本がブラジルを40年ぶりに破り、2次ラウンド進出を決めました。

ブラジル戦で活躍した井上愛里沙選手について記事をまとめていきます。

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井上愛里沙選手のプロフィールWiki

小学校のときに、すでに身長170cmあった井上愛里沙は友達に誘われ、バレボールを始めることになりました。

inoue
氏名 井上愛里沙
生年月日1995年5月9日
出身地京都府舞鶴市
身長178cm
所属クラブフランス サン=ラファエル
背番号10

井上愛里沙選手の中学校は岡山県の就実中学校!

中学校は、岡山県にある就実中学校にバレー留学をしていました。
就実中学校は、強豪校として有名で、井上愛里沙選手が在学中も全国中学校バレボール選手権大会において、3年連続3位入賞を果たしていました。

中学時代から井上愛里沙選手は、中学校バレー界では有名だったことがよく分かります。

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井上愛里沙選手の高校は京都府立西舞鶴高等学校!

井上愛里沙選手の出身高校は、京都府立西舞鶴高校でした。

中学時代にバレー留学を果たし、大活躍をした井上愛里沙選手が進学した西舞鶴高校は、どれほどの強豪校なのだろうか?と疑問を抱いたので、調べてみました。

西舞鶴高等学校の成績ランキング

京都府の高校バレーランキングを調べてみると、

1位は、2013年から2022年まで京都橘高校が独占していることがわかりました(2020年は大会中止)。2位や3位にも西舞鶴高校の名前はありません。

平成25年の大会の4位に西舞鶴高校の名前をみつけました。

結果-min

   1.京都橘高校(私)伏見区

  1. 洛北高校左京区
  2. 北嵯峨高校右京区
  3. 西舞鶴高校舞鶴市
  4. 京都学園高校(私)右京区
  5. 久御山高校久御山町
  6. 西城陽高校城陽市
  7. 福知山淑徳高校(私)中京区
 

平成25年は、西暦2013年で、井上愛里沙選手が西舞鶴高校の3年生のときの大会になります。

日本代表で現在活躍している井上愛里沙選手の出身高校の西舞鶴高校は、強豪校ではなかったことがわかりました。

高校3年生で日本代表に選出された

2013年に京都府大会で第4位になった井上愛里沙選手は、この年チェコで開催されたU20世界選手権の日本代表に唯一高校生で選ばれたのでした。

春の高校バレー常連校でない、歴代の強豪校でもない高校の一人の選手が日本代表に選ばれるということは、井上愛里沙選手の実力の凄さが伝わります。

しかし、なぜ、井上愛里沙選手は高校進学の際に、バレーボールで有名な強豪校を選ばなかったののでしょうか・・・

疑問が消えなかったので、さらに、調べてみました。

すると、高校生で唯一日本代表に選ばれた2013年の記事を見つけました。

井上愛里沙選手が強豪校を選ばなかった理由

そこには、抱いた疑問に対しての答えがストレートに書いてありました。

「バレー、あんまり楽しくないなって思っちゃったんです」
井上愛里沙-min (1)

チームで戦う楽しさを知ったU20世界選手権

 井上愛里沙という選手を初めて知ったのは、2013年。チェコで開催されたU20世界選手権だ。

 Vリーグや大学生が中心のメンバー12名の中で、井上は唯一の高校生。大会開幕当初はスタメンではなくリザーブだったが、スパイク練習の音が周囲とは違う。この子すごいな、と素人目にもわかる器用さと力強さがあったが、当の本人はどこか冷めていた。

 当時、帯同取材でチームと共に行動する中、1人だけ同級生がいない井上とは、自然に会話の回数も増えた。アリサという名前とは1つも重ならない“ショウマ”というコートネームの由来や、将来について。何気ない話をする中、ふとした時に発した井上の言葉が強く残った。

「バレー、あんまり楽しくないなって思っちゃったんです」

 バレーボールを始めて間もない頃から注目を集め、京都から岡山・就実中へ入学した。楽しむよりも勝つことを求められる、寮生活でバレー漬けの日々。「もうバレーだけが中心になるのは嫌」と高校は地元に戻り、西舞鶴高校へ進学した。

 適度に楽しくバレーをして、大学へ進学して普通に仕事をしたい。そんな人生を漠然と描いていた井上にとって、大きな転機となったのが前述のU20世界選手権だった。

(yahooニュース田中夕子さんの記事引用)

中学校時代に3年連続、全国バレーボール選手権に出場し、3年連続3位入賞という素晴らしい成績を残し、バレーボールは中学校時代で「やりきった!」という感覚があったということで、医療の道に進みたいとも思っていたようです。 (wikipedia引用)

中学でのバレー留学を経験し、バレーボールに対する気持ちが冷めていき、普通に楽しくバレーボールができればいいと思うようになっていったのですね。

中学生は多感な時期ですから、どう感じて、どう行動するか、もちろん自由です。しかし、日本代表へ選抜されるなど、やはり実力保持者を周囲は眠らせるわけにはいかなかったのでしょう。

当時の日本代表監督の福田康弘監督も絶賛していました。

チームの指揮を執る福田康弘監督も、練習時から井上を絶賛していた。器用さとダイナミックさを備え、ゲーム形式の練習になれば勝負所でめっぽう強い。1次リーグのセルビア戦で途中出場した井上が、高さでも力でも勝るブロックに対して面白いように得点を重ねる姿に「将来の日本代表を背負う選手になる」と福田監督は確信。 (yahooニュース田中夕子さんの記事引用)

福田監督の思った通り、日本を背負う選手となりました。世界バレーでは、中心プレヤーとして、チームを引っ張り、ブラジルを40年ぶりに撃破する快挙!チームを2次リーグへと導びく、大活躍を見せてくれました。

パリ五輪では、眞鍋政義監督率いる日本代表として井上愛里沙選手の活躍を期待します。

「バレーが楽しいと思えなくなった」と語っていた高校時代。

現在は、「自分が率先して海外へ行って活躍することで、他の選手も海外でやってみたい、という先駆けになれれば、と」海外のリーグへ挑戦するほどに変化を遂げた井上愛里沙選手。

今後のさらなる活躍に期待です。



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